白虎隊TOP ⇒ 前篇TOP ⇒ 前篇 其の4 A





◆其の四 修羅の地に集う者たち A
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「新選組は派手にやってるなァ!」
「ああ、我らも見廻りばかりで無く、日頃の鍛錬の腕を奮いたいものじゃ!」(岩五郎)
そこへ、出てきた篠田兵庫が注意を促す。

「吾らの目的は京の治安。 戦をしに来たのでは無い」(兵庫)

「しかし、町で聞いた噂によりますと、長州の連中が何かとてつもない陰謀を企てているとか」(三郎)
「とてつもない陰謀? それはどのようなものじゃ」(兵庫)
身を乗り出して問いただす兵庫に、横から岩五郎が。

「その噂なら私も聞いています。 帝が攘夷祈願の為に、大和へ行幸(ぎょうこう)されるらしいんです」(岩五郎)
「帝が大和で攘夷祈願!?」(兵庫)

「その留守の間に、長州を中心に倒幕の軍を起こし、
 錦の御旗を圧し立てて、一気に江戸へ攻め入るのだと、専らの噂で御座る」
(岩五郎)
先ほど取っ捕まってた攘夷派浪士の語る内容と同じ。 みんな知ってる。
長州藩は現在の山口県、萩を拠点にする西国の藩。



「馬鹿な! 流言蜚語も甚だしい!」(兵庫)
兵庫は孝明帝と容保の信頼関係を例に挙げ、「会津在る限り、都は安泰じゃと!」
と一笑に付す。 「何も無ければそれでいいのだが」と、場の雰囲気は沈む。

そこへ女の子がパタパタと入ってくる。 場の雰囲気は和む。


「山本様。 この生八橋、おいしおっせ」
「おおー! うまそうじゃのー!」

「山本様にッ!」
パクつこうとした手を引っ込めた岩五郎は、三郎を茶化す。
「三郎殿。 お一つどうどす?」(岩五郎)
キク「キク」
「間瀬殿! お止めください!」(三郎)
キクは三郎が好きなようだ。 しかもまた両想いに違いない。




ところが、八月の十三日になって、その噂が俄かに現実味を帯びる。大和、及び伊勢行幸の為、
加賀・薩摩・長州・肥後・土佐・久留米の六藩に対し、金十万両を差し出すようにとの勅命が下ったと言うのである。



「殿、それは真で御座りまするか」(左兵衛)
「解らん、何が何やらさっぱり解らん!」(容保)
噂は本当だった! これに対し、重臣たちを直ちに招集して善後策を練る会津藩。

「帝御自ら、春日神社に攘夷親征を祈願なされるという事は、
 幕府を差し置いて、攘夷を天下に布告するも同じ事では御座いませぬか!」
(土佐)

「しかもこれが勅命とあらば、諸藩もこれに従わざるを得ず、幕府の権威は失墜じゃ!」(容保)
今で例えれば、政府や国会を通さず、いきなり宮内庁が都道府県に指示を落とすようなもの。
有り得ないことだけに権威失墜どころの騒ぎじゃない。本当に徳川存亡の様相を呈してきた。


「秋月、その方は何と思うぞ」(容保)
家臣に意見を求める容保。 頼母の時のような堅い印象はない。


「在りうべからざる事と案じては居りましたが、やはり‥長州の陰謀かとッ」(秋月)
遂に行動を起こした長州藩。 それを察知していた秋月。

「そちたちもそう思うか」(容保)
「所司代、町奉行所、新選組からも同様の報告が
 頻々と寄せられておりますれば、最早、疑うべくも無かろうかと」
(左兵衛)
皆の意見は一致。 そして、長州が単独で起こした外国商船への砲撃、薩摩派公家衆の追い落としを挙げる秋月。

「この機に乗じて、一気に政権を奪取せんと!」(秋月)
外国嫌いの孝明帝に近づくための長州の策謀説が浮上。
ここに至って、長州藩の陰謀ということで藩の意見が統一される。



「帝は、何を考えておいでなのじゃ。帝の御意思は」(土佐)
今回のこの策略が、孝明帝の本意では無かったとしたらと尋ねる秋月に対し容保は。


「排除せねばならん!君側の奸は、断固として排除せねばならん!」(容保)
と、武力衝突も辞さない構えだ。 そこへいきなり。


「秋月様に申し上げます。 只今、神保様よりの御使いにて、
 至急、山本様の洋学塾にお越し戴きたいとの事に御座ります」
(藩士)
「それがしに‥確かに至急と申したか」(秋月)
そこへ突然、淡々と報告を上げる若い藩士。
重大な会議をほっぽらかして行くようなことなのかといった様子。

「はい。 薩摩藩の方が、名指しでお訪ねとか」(藩士)

「薩摩?」(秋月)
タイミング同じくして、薩摩藩から使いとの報告に、振り返って食いつく秋月。
薩摩は幕府に口を出せるような大藩であり、十万両を催促された当事者でもあり、
京都御所警備の内の1藩。 となれば秋月も何かあると思うに違いない。





高崎左(佐)太郎と名乗る薩摩藩の公用人が、
山本覚馬の洋学塾に、秋月悌次郎を訪ねたのはその当日であった。

流石の三人も、その男の大胆不敵な話の内容に、
唖然と息を呑んだ。 薩摩藩が手を貸すから、京都から長州を追い払おうと言うのである。

薩摩藩士 高崎左太郎「高崎左太郎(たかさき さたろう)」
一体この若者に、薩摩藩を動かすだけの力があるのかどうか。
その話が果たして薩摩藩を代表してのものなのかどうか。 まるで、雲を掴む様な話ではあった。



「おはんらが、なんぼ躍起んなって浪士を取り締まっても、
 長州派の公家が帝を取り囲んでる以上、焼け石に水ではごわんせんか」
(高崎)
饅頭を食い終わって茶を啜った瞬間から喋り始め、
帝の意思として発せられる詔勅でさえもが真っ赤な偽物だと断言する高崎。



「フッ!」(秋月)
そんな有り得ない話いいかげんにしろよとばかりに、大きく鼻で笑う秋月。
人を喰ったような態度の高崎の表情が引き締まる。


「帝の詔勅が、全て偽者だと申されるか」(秋月)
「如何にも!」(高崎)
「確かな根拠が在っての事で御座ろうな」(秋月)
「事は、御所の奥深くでの出来事。 根拠が在ったところで、確かめようもごわりもはん!」(高崎)
おそらくこの開き直り様は確証を掴んでいる。 高崎は、その大胆さと破天荒ぶりで
男心をくすぐるが、実際の会議でこんなこと言ったらボールペンが飛ぶ。



「秋月殿、その噂なら私も聞きました」(覚馬)
帝を取り巻く長州派公家の意見が、翌朝には詔勅になると言う覚馬。
何だか中国史みたいなことになってる幕末の朝廷。

「しかしそれは例え話として」(修理)
「真偽の程は確かめようもないが、そう言われてみれば
 このところの詔勅は如何にも支離滅裂だ」
(秋月)
修理の言葉に「ふぅ」と一息ついて頭を整理しつつも、いくつか思い当たる節のある秋月。


「これは確かに‥偽勅の臭いがするッ」(秋月)

「一体誰ですか、黒幕は」(修理)
もう偽勅云々ではなく、偽勅前提で核心をつっ突き始める修理。


「黒幕は、三条実美。 入れ知恵は久留米の真木和泉。 長州の‥桂小五郎」(高崎)
惜しげも無く明かされた謀略家たち。 会津藩にとっては、戦う相手が見えた瞬間でもあった。

「貴藩ではそこまで‥」(修理)
薩摩の情報収集力にたまげる修理に対し、身を乗り出して説得にかかる高崎。

「薩摩としては、武力を行使しても、長州派の奴ば、京から追い払いたい!」(高崎)
「その為には京都守護職たる会津公のお力添えがいる」と、必死に力説。



「吾が藩がその話に乗らなかったら」(秋月)
意地悪した風だが、あらゆる選択肢を考えとくってことだろう。

「そん時は致し方ごわいもはん。おはんらには目を瞑ってもろて、‥薩摩だけでんやり申す」(高崎)
姿勢を正してゆっくりと、力強く喋る高崎。 微妙な方言がまた素敵だ。



「仮に、薩摩と会津が組んだとして勝算がありますか」(覚馬)
会津(2,000)+薩摩(1,000)=連合軍(3,000)
長州は都の内外に合わせて30,000の藩兵を駐留。 約10倍の兵力差をどうやって埋めるのか。

「それで勝てますか?」(角馬)

「勝てる!帝より詔勅を戴き申す。君側の奸を、排除せよとの!」(高崎)


「なんとッ!」(秋月)
ここで切り札を出した薩摩藩士・高崎左太郎。

「長州とて賊軍にはなりとう御座りもはん。 先に詔勅を得た方が、勝ちでごわす!」(高崎)
日本の風土・文化を用いた素晴らしい謀略。 すげえ成功しそう。



「この話勿論、島津公は御存知であろうな」(修理)
島津公とは薩摩藩主である島津氏を指してのこと。
下っ端藩士共のスタンドプレーごときであれば、藩を上げて協力などできようはずもないからだ。


「まずは、それがしを信用してもらう他は、御座いもはん」(高崎)
真剣な眼差しで語りかける高崎は、秋月に一つ提案を持ちかける。

「おいと一緒に、中川宮をお訪ねくいもさんか」(高崎)

この若い薩摩の使者の、押し付けがましく不遜な態度は、
若さ故の気負いなのか。 どこかに全くの眉唾とも思えぬ、ひたむきさがあった。



「いかん、長州の連中じゃ」(高崎)
夜を待ってか、辺りが暗くなったところで外出。 そこで長州の連中に
出くわす。 その列の最後尾にはパリッとした侍が。


長州藩士 桂小五郎「桂小五郎(かつら こごろう)」
「あん男が桂でごわす。 ‥桂小五郎」(高崎)
のちの維新三傑の内の一人、大ボス桂小五郎が登場。
残念ながら、見せ場は少ない。

「あれが桂か‥」(秋月)
「またどうせ三条卿の屋敷でん、行くんじゃろう」(高崎)
かくいうこっちも同じ。 しかし、バレてたら計画はオジャンだ。




京都御苑

御所には、九つの門があり、これを「宮門警備」と言って各藩が分担していた。

乾御門:薩摩 今出川御門:備後 石薬師御門:阿波
京都御所
中立売御門:因幡
朔平門:奥平
皇后門:京都所司代
清所門:京都所司代
宣秋門:会津
建礼門:薩摩
建春門:米沢
清和院御門:土佐
蛤御門:水戸 寺町御門:肥後
下立売御門:仙台 堺町御門:長州

更に、天皇の御住まいになられる内裏には、六つの門があり、これを、会津・薩摩・米沢・奥平・所司代が、
警備に当たっている。 つまり、何藩が武装した兵士を動かそうと、「宮門警備」の一言で、どうにでも言い逃れられる、
極めて危険な状態にあった。




中川宮
「中川宮(なかがわのみや)」
「確かに、御上(おかみ)は熱烈な攘夷派にて居わすが、幕府を倒そうと迄は考えて居わさぬ筈じゃ」(中川宮)
孝明帝自身、妹君を幕府に嫁がせたのは、あくまで公武一和を願ってのことだと言う。
三条卿らの陰謀に相違あるまいと信頼ある筋から情報を得た。それが本当であれば、会津の取るべき道はただ一つ。



「会津はいつ何時なりと、決起する用意が御座りまする」(秋月)
藩の全権大使たる任務に、熱のこもる秋月。



「御所の寝静まる、夜中に参内なさっては」(高崎)
密談は刻々と進んでいく。 談合と定義してよろしいでしょうか。


「して、勅許の内容はなんとする」(中川宮)
厄介な重大案件に協力的な中川宮。 頼む側としては非常に心強い。


「長州を、宮門警備から外す事。
 長州派の公家を、御所から追放する事。この二点に御座りまするッ」
(秋月)
朝廷を巻き込んでの一大プロジェクト。
会津藩は思わぬところから京都政局に首を突っ込む。


「勅許が下りた時の手筈は、出来ておるのか?」(中川宮)
難問中の難問の勅許内容に、顔色一つ変えずに
あとの段取りの方を気にする中川宮。 なんだか話が前のめり。


「されば‥」

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